竹密にして流水の過ぐるを妨げず
竹密にして流水の過ぐるを妨げず(たけみつにしてりゅうすいのすぐるをさまたげず)
禅語
ある僧が善静和尚の道場を去るとき、善静和尚が「周りは山ばかりだが、お前は何処に向かって行くつもりか?」と質問しました。
僧が何とも返答できずにいると、善静が代わって答えたのが、この一句。
意味:竹は密生していても、その下を流れる綺麗な水をせき止めることはない。
善静和尚は問題が山積する日常生活を、我々がどのように生きていけばいいかを聞いています。
我々の日常生活では、様々な困難、問題が起き、不安、恐れ、苦しみ、などの負の感情をぬぐい切れずにとどめてしまうことがあります。そういう負の感情にさいなまれて、時には自分を責めたり、自己嫌悪に陥ったり・・・。些細なことにひかかって、悶々とした日々を送ったりしてしまうことがありませんか?凛然と竹が密生していても、水をせき止めず流れていくように、我々もマイナスの感情などは、水の流れのごとく、流して、心を解き放して、心を軽くしていきましょう。
負の感情に振り回されることなく、感情や出来事をきちんと受け止め、向き合いましょう。
人生の色んな荒波を乗り越えていきましょう!
「竹」とは、問題が山積する世間。「流水」は我々人間が生きていく行程にたとえられます。紆余曲折することがあっても、竹の間を流れる綺麗な水のごとく、輝かしい人生を送れますように!
。